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フランス大革命に抗して

フランス大革命に抗して――伊東冬美

・副題が「シャトーブリアンとロマン主義」とあるように、文学者で政治家でもあったシャトーブリアンの伝記です。ステーキの部位のシャトーブリアンは、この人がコックに作らせたことで名前が付けられたんだそうな。
 ロマン主義の先駆者と言われている人だけれど、日本ではこの人に関する本がほとんど手に入らないという。下手すると伝記としては、この本が唯一なのかもしれない。少なくともこの本が出版されたとき1985年の段階では、伝記どころかシャトーブリアンが書いた本の翻訳すらほとんどなかった状態みたい。作者は原書でシャトーブリアンの全集を読み、フランスまで赴いて取材をしたのだそう。
 前々からロマン主義について調べたいと考えていたのだけれど、どうもロマン主義について書かれた本が少ない。あるにはあるのだけれど、もう絶版になっているものが多くて、手に入るのが少ないんだよなぁ。
 絵画でもロマン主義の画家はドラクロアはよく名前は挙がるけど、逆に言うとその他の画家はあまり名前が挙がらない。ゴヤはロマン主義以外のくくりで語られることも多いし。印象派を解説した本は一杯あるけれど、ロマン主義はそれと比較するとどうもいまいちのよう。
 たぶん文学にせよ絵画にせよ、ロマン主義自体がすでに過去のものとされているからだと思う。とくに文学の場合、いまの文学界で「ロマン主義的」という表現は、大げさで感情的なものという意味で捉えられて、きっと褒め言葉にはならない。しかも日本の場合は、とくに昭和のロマン主義者たちが保田与重郎を始めとして戦争に協力をした右翼と考えられていて、戦後はいずれも無視をされてきた。
 でも、90年代から2000年代にかけて、日本のサブカルチャー(オタク文化)ではある種のロマン主義的な傾向があったんじゃないか、と個人的に思ってて、その一つの分かりやすい形が「セカイ系」なんじゃないかと。もちろんフランス革命あたりから始まったヨーロッパのロマン主義とはかなり形が違う。でもヨーロッパのロマン主義もやがて世紀末に向けてデカダンスへと変化していったことを考えると、二〇世紀末のあのサブカルの雰囲気というのは、一種のロマン主義と考えられるのではないか、と。
 そんでもって85年生まれの僕はまさにその世紀末のオタク文化を吸収して育ってきているので、ロマン主義について勉強をするのは有益だと思う。つまるところ自分が書く作品も、どうしてもその二〇世紀末のロマン主義のものになってきてしまうのだと思う。アキカン!はロマン主義じゃないと思うけども。

・前置きがやたらと長くなったけど(短時間で書こうとすると大抵こうなる)、この本はシャトーブリアンの生誕から最後までを、確かな筆致で書いた力作です。ページ数は200ページちょっとなんだけど、非常に読後に充実感を覚える。まず、文章が凄く良いですね。メリハリの利いた流麗な文章で、一文が長くなっていても読みやすい。落ちついた雰囲気で、シャトーブリアンの劇的な人生を書いていくので読んでいて興奮する。伝記であるけれども、上質な歴史小説を読むような味わいがある。
 シャトーブリアンにだけ焦点が当てられているわけではなく、当時のフランスの政治状況や、啓蒙主義の流れ、貴族たちやサロンの様子などもよく調べられていて、こういうのが好きな自分にはたまらない。
 シャトーブリアンは後にフランス革命を痛烈に非難して王制を擁護し、イギリスのエドマンド・バークと並んで保守主義の生みの親とされているのだけれど、二十歳ぐらいのときは共和主義者だったというのは面白い。
 シャトーブリアンが共和主義を離れるきっかけとなったのは、フランス革命のときに、群衆たちが政治家や役人を殺して、その首を掲げて町を練り歩いている光景を見たのがきっかけだそう。シャトーブリアンは革命騒ぎで揺れるフランスが嫌になって一時はアメリカへ亡命するのだけれど、そこでも共和制に絶望する。シャトーブリアンはアメリカの印象を以下のように書き記している。

「冷酷非情なエゴイズムが都市を支配している。銀貨、ドル、銀行券、紙幣が財産を殖やしたか、減らしたか、これが話題のすべてだ。……新聞には多様性が認められはするものの、載っているのは、粗野な事件や無駄話ばかりである」

 そしてフランスで起きたヴァレンヌ事件を知って、シャトーブリアンはフランスに帰ることを決意する。「私の精神に、突如として転向の作用が生じたのだ」と。
 筆者は、シャトーブリアンが転向した理由を、名誉によるものだと記す。シャトーブリアンは元々は軍人で、ルイ16世に謁見を許されるほどの名誉を受けてきた。ヴァレンヌ事件によって、かつての忠義を思い出し、国王たちを助けようと決意をしたのだと。
 そうしてシャトーブリアンは再び、革命の吹き荒れるフランスへと帰り、貴族軍として革命軍と戦っていくことになる。とんでもない時期に帰ってきたことに母は心配するが、シャトーブリアンは言い放つ。「私は、ルイ十六世に自分の剣を捧げるためにアメリカから戻ったのだ」。
 かっけー。ここら辺の展開はすごく燃える。小説として書きたいぐらい。結局、貴族軍は負けてしまってシャトーブリアンも負傷除隊をすることになっちゃうんだけれど、貴族たちの意地を見せつけるぐらいには奮闘したみたい。ただ、フランス革命についた書かれた本の多くは革命を肯定しているので、貴族たちの健闘ぶりはこれまでほとんど無視されてきたそうな。フランスでも二〇世紀半ばぐらいから徐々に歴史修正主義の動きが起きていて、フランス革命を礼賛するばかりではない歴史観も出されているので、たぶん日本でも徐々に状況は変わってくると思う。僕は二、二六事件の青年将校たちが大好きなんだけど、それは政治的にその行為を支持してるというわけじゃなくて、言わば新選組が好きな歴女と同じ視点なのです。革命ごっこは愉しいけれど、本気で革命やったら事態はもっと悪化するに決まってますわな。
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藍上 陸(らんじょうりく)

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