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うまくいかなかった技法(人名ルビ法)

ここ数年、小説の新しい技法を自分なりに研究しています。

こちらのページにいろいろと技法をまとめてありますが、なかにはうまくいかなかった技法もあります。

たとえばこんなものです。
仮に、「人名ルビ法」を名づけていたものです。

人名ルビ法


ルビを使って、発話者がだれであるか一目でわかるようにするのが目的だったのですが……
ご覧いただくとおわかりかとおもいますが、漢字の名前のルビをふると、非常に見づらくなってしまいます。
なので、作品のなかではまだ使っておりません。

最近の本は印刷技術の向上でかなりルビが読みやすくなっていますので、製本すればもうちょっと見やすくなるかもしれません。
また、ファンタジー作品などでキャラ名がすべてカタカナである場合は、ルビがもっと読みやすくなるので使えるようになるかもしれません。

いっとき、ルビのふりかたに活路を見いだそうとしていたことがありました。
ルビというものは日本語表現独特のものといってもいいと思います。
江戸時代の黄表紙などの戯作にも当て字や熟字訓などが多く使われておりますし、明治以降の文学でもそうでした。
たとえば里見弴の作品には独特のルビが豊富に見られますし、漱石からして奔放な当て字や熟字訓には事欠きません。
通常、ルビは文字の右側にふられますが、昔の本などでは右側と左側の両側にちがうルビがふられていたりすることもあったそうです。

現代の小説では、秋津透さんの「ルナ・ヴァルガー」シリーズ、古野まほろさんの「天帝」シリーズをはじめとする諸作に、非常に豊富なルビの使い方が見られますし、斜塔乖離さんの「ディアヴロの茶飯事」もそうでした。

それらの作品を読んでみて、もうルビで新しい挑戦をするのは難しいと思い、ルビに凝ることをやめました。
自分の好みがマニエリスム的な方向から、よりシンプルな方向を目指すようになったという理由もあります。

しかしルビという方法が日本独特の、作品に華々しい色を添える強力な技法の一つであるという認識は変わっていません。
ここ一番で映えるルビの使用方法を、これからも考えていきたいと思います。
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共通列挙法

【 共通列挙法 】

――――――――――――――――――――――――――――――
  七月の青影
 その季節は群青色のくじら。
 夏が、巨体をうねらせて真昼を游泳している。
 街のいたるところに夏の色が溶けこみ、影すらも青みがかって見える。
 ゆらゆらと歩道を進む、青い影法師。
 フェンスの網目から地上へ投げかけられた幾何学的な青影。
 落ちていた空き缶が拾われ、一瞬だけ地面に点として浮きでて消えた青影。
 描きかけのマンガ原稿を踏みつける、靴底の青影。
 信号機のひさしの下で、赤と競い合う青影。
 高々と舞いあがる白鳩の、羽ばたく翼のつけ根に波打つ青影。
 大空に浮かぶ飛行船――そこから電波塔に落ちる巨大な影は、青いくじらの形(なり)をしている。
「空飛ぶ魚。」
 少女の全身が、くじらの影で青く塗りつぶされていた。
「……みたいだけど、ちがうんだよね、あれ。」
 飛行船を見あげていたペンネはつぶやいた。
 電波塔の屋上――さらに上。
 二百メートルにもおよぶアンテナの一部に、ペンネは腰かけていた。

※「アキハバラ∧デンパトウ」より引用
――――――――――――――――――――――――――――――

レトリックにおける「列挙法」の一種で、なんらかの共通項でくくった上でさまざまなものを列挙していく方法。
上記引用文では、「青い影」という要素でくくっている。

物事を列挙していく方法は昔からあり、日本文学にも「物づくし」というものがあるが、うまくやらないとかえって印象が散漫になってしまうおそれがある。
とくに、街などの描写のさい、「~というクルマがあり、~という看板、~という店」というふうに、さまざまな要素を統一感なく列挙していくやりかたは、ときに読者を混乱させる。

たとえば、「赤い家、白い鳩、高い柿の木」と列挙したとする。
形容詞を抜きだすと「赤い・白い・高い」となり、名詞は「家・鳩・柿の木」となるが、この組み合わせに一貫性がなく、読者は一読ではなかなかイメージがまとまりづらい。

そういう表現は映像ではすぐに理解できても、文章ではイメージしづらい。
また、いくら文章で書いたところで、結局それは一種の「記号」に還元されてしまいがちだ。

そこで、上記引用文でおこなったように、描写する対称を「青い影」に限定し、その枠内でさまざまなバリエーションをつけていくという書き方をすれば、統一感ができて理解しやすくなる。
また、「青い影」のさまざまなバリエーションを具体的に書いているわけなので、一種の異化作用が生じ、記号に還元されづらくなる。

このような共通項での列挙法は、細田守監督の「時をかける少女」で印象的にでてくる。

時かけ列挙①
時かけ列挙②
時かけ列挙③
時かけ列挙④
時かけ列挙⑤
時かけ列挙⑥
時かけ列挙⑦
時かけ列挙⑧
時かけ列挙⑨
時かけ列挙⑩
時かけ列挙⑪
時かけ列挙⑫
時かけ列挙⑬
時かけ列挙⑭
時かけ列挙⑮
時かけ列挙⑯


上記画像はすべて、「時間の止まった世界」を描いているが、何枚かごとに共通項での列挙法がおこなわれている。

最初の6枚(踏み切りの信号~赤い風船)までは、すべて「丸いもの」で統一されている。
つぎの7枚~9枚(ぶらんこ~時計の振り子)は、「揺れるもの」で統一されている。
つぎの10枚&11枚(コップの水・ボウルの水をまく)では、「動く水」の要素で統一されている。
つぎの12枚&13枚(鯉・鳥の足)では、「波紋」の要素で統一されている。
最後の14枚~16枚では、「飛んでいる鳥」の要素で統一されている。

このように要素ごとに列挙することによって、視聴者にわかりやすく「時間の止まった世界」を見せることに成功している。

共通項での列挙法は、情報をわかりやすく束ねて視聴者(読者)に伝えることができるというメリットがあるが、ほかのメリットとして、「共通要素の意味を強調できる」というのもある。

以下の引用画像は、高雄統子氏が監督をつとめた「アイドルマスター シンデレラガールズ」の8話から。(絵コンテ&演出=岡本学)

デレマス8話列挙①
デレマス8話列挙②
デレマス8話列挙③
デレマス8話列挙④
デレマス8話列挙⑤
デレマス8話列挙⑥


一見してわかるとおり、「赤」という共通要素でくくられている。
上記のカット群は「事務所からの帰り道」のシーンで、自分の気持ちをうまくプロデューサーに伝えることができなかった「神崎蘭子」が、落ちこんだ気分で仲間の「アナスタシア」とともに寮に帰ろうとしているところ。

アイドルへの道に危機がおとずれていることを示すために、「赤」という色をおしだしたものと思われる。
このように、特定の意味を視聴者(読者)に強く印象づけられるというメリットが共通列挙法にはある。

「アキハバラ∧デンパトウ」にでてくる青影の場合は、「自己存在の不安」や「現実のゆらぎ」といった印象を読者に伝える狙いがあった。

音声前後法(ステープリング・テクニクス)

【 音声前後法 】

ステープリング・テクニクスの「音響関連法」の一種。
映像の「スプリット編集」を小説に応用したもの。

スプリット編集とは、「映像」と「音」を意図的にずらす編集法のこと。
たとえば、カットを切り替える前に、さきにつぎの音声を流しはじめ、それからカットを切り替えるといった手法である。

以下の引用画像は、錦織敦史監督の「THE iDOLM@STER」17話より。(絵コンテ・演出=柴田由香)

アイマス17話①「毎度のことながらたいへんだね」
アイマス17話②「毎度のことながらたいへんだね」


一枚目は、作中のアイドル「菊地真」が、ファンたちに追われて事務所のあるビルへ逃げこんだところ。
このカットがまだ残っている状態で、急に「毎度のことながらたいへんだね」というべつの女性の台詞が流れる。
その台詞が終わるのと同時に二枚目のカットに切り替わり、事務所で真に飲み物をだす「天海春香」の姿が映される。
これにより、さきに流れた台詞は、つぎのカットで春香が真にいったものであることがわかる。

このように、さきにつぎのカットの台詞を流すことで、場面転換をスムーズにおこない、その台詞を印象深いものにすることができる。

これを小説に応用すると、以下のようになる。


――――――――――――――――――――――――――――――
「なっ、なんつうものをのませるんですか!」
「カカカーッ! 死ねい! ウチに恥をかかせた罰や!」
 ぐるぐると追いかけ合う二人を、残りの面々が呆れ顔で見つめている。
 ――そんな、いつもの平和な電波塔の一ページ。

「おゥ、こんなくだらん話はどうだって――」

  叔父の事務所で
「――いいんだよ。おい、高橋。」
 書き継がれているチロの日記と話をきいて、ヤクザの叔父がいった。
 この事務所を訪れるのは、これで何度目だったろう。チロは思いだせない。

※「アキハバラ∧デンパトウ」より引用
――――――――――――――――――――――――――――――

電波塔の場面から、ヤクザの叔父の事務所へと場面転換するところ。
まだ電波塔のなかにいる状態から、さきに「おゥ、こんなくだらん話はどうだって――」と叔父の台詞を流し、そのあと場面転換し、叔父の事務所に移ってから、「――いいんだよ。なぁ、高橋。」と台詞のつづきを書いている。

ここでは、コメディからシリアスな雰囲気に移り変わるところなため、場面転換を印象的におこなう必要があった。
コメディ場面の最後に、叔父の台詞を先行して流すことにより、「コメディのなかに割りこんでくる、つぎのシリアスな展開」という印象を読者にあたえる狙いがある。

上記の例では声をさきに流したが、逆に声をあとに残すやりかたもある。
つまり、場面転換をしても、前のシーンの声を引きつづき流しつづけるという方法である。
声優の世界などでは、これを「台詞をこぼす」という。

また、人の声だけでなく、擬音などを用いてこのテクニックを使うことも可能である。

ワイプ法(小説技法)

【 ワイプ法 】

映像における「ワイプ」の切り替えを、小説に応用したもの。

ワイプと呼ばれるものには二種類あり、バラエティ番組でよく使われる画面端の小窓のことをさす場合もあるが、ここでいうワイプとは、画面を切り替えるトランジションのこと。

以下の引用画像は、「中二病でも恋がしたい!戀」の3話より。(監督=石原立也/絵コンテ・演出=河浪栄作)

中二病でも恋がしたい!戀 3話のワイプ①
中二病でも恋がしたい!戀 3話のワイプ②
中二病でも恋がしたい!戀 3話のワイプ③
中二病でも恋がしたい!戀 3話のワイプ④
中二病でも恋がしたい!戀 3話のワイプ⑤


このように、新しいカットがやってきて、前のカットを拭きとるように切り替える手法をワイプという。
ワイプの方向に制限はなく、左右上下どちらに動いてもいいし、斜めに移動してもよい。
通常のカット割りよりも印象に残りやすいため、おもにシーンやシークエンスが切り替わるときに使われる。

もともとは実写映画で古くから使われていた手法だが、近年の実写ではほとんど使われなくなっている。
おそらく、ワイプの画面移動が「作り物くさく」感じられてしまうからと思われる。
昔の監督でも、小津安二郎などはワイプの使用に否定的であった。

しかしアニメではいまだにワイプはよく使われる。
装飾的なワイプの効果が、アニメという媒体によく合っているためと思われる。
実写では嫌われがちな「作り物くささ」は、アニメではかならずしもデメリットにならない。
アニメという媒体は、素材の段階から徹底的に作り物であるためだ。

また、ワイプをおこなうとき、境界線にキャラクターなどを使うこともできる。
以下の引用画像は、「だがしかし」の6話より。(監督=高柳滋仁/絵コンテ=重本和佳子/演出=岩井明香)

だがしかし6話ワイプ①
だがしかし6話ワイプ②
だがしかし6話ワイプ③
だがしかし6話ワイプ④
だがしかし6話ワイプ⑤
だがしかし6話ワイプ⑥


このように、キャラクターを利用したワイプ法というものはアニメ作品ではときおり見られる。
こういうものを小説に応用したのが、以下の引用文。


――――――――――――――――――――――――――――――
「さぁ走るのサ!」
「うん、ボク走る!」
 きらきらした笑顔で、そろって走りだす。
 軍隊のランニングのように、番人の名前を連呼しながら。
 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!!
 
  ワイプ
 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!!
「ハッハッハッハ!」
 二メートルの筋肉が豪快に笑いながら走ってくる。
 その肩には、太いロープがかつがれている。
 ロープのさきにはつぎの場面(シーン)がつながれており、番人の走る動きに合わせてずずずっとその場面(シーン)がやってくる。
 そうして、古い場面(シーン)から新しい場面(シーン)へとワイプして切り替わり、番人は笑い声とともにどこかへと走り去っていった。
「……あれ?」
 その新しい場面(シーン)のなかで、チロはふと顔をあげて辺りを見まわした。
「いま、番人さんが走っていったような……っていうか、ここどこ?」 
「どしたの?」
 となりにすわったペンネが、上体を曲げて顔を覗きこんできた。
「ペンネちゃん……ここってどこだっけ?」
「ぎんこーだよ?」
「銀行? ああ、そっか、銀行にきたんだった。」
 電波塔のなかには、複数の銀行の支店が入っている。

※「アキハバラ∧デンパトウ」より引用
――――――――――――――――――――――――――――――

引用文にある「番人」というのは、正式名称を「番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!Oh!デカイ!ナイスバルク!!」という。
最初のシーンで、地の文においてその名前を連呼しながらキャラクターが走り去っていく。
そのあと、空白行を置いて「銀行にて」のシーンに切り替わるが、そこでも引きつづき番人の名前が連呼され、前のシーンからの連続性が保たれている。

こうした表現をおこなうことで、インパクトのあるシーンの切り替えが可能になる。
ただし、メタ的な要素が強くなるので、シリアスな物語でおこなうのは難しい。

※ワイプについてふれたほかのエントリはこちら
書いてる人

藍上 陸(らんじょうりく)

藍上 陸(らんじょうりく)
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小説書いてます。

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