「アキハバラ∧デンパトウ」の見本誌

GA文庫編集部より、「アキハバラ∧デンパトウ」の見本誌を送っていただきました。

※画像をクリックして拡大してご覧ください。
デンパトウ見本誌


表紙はれい亜先生による描きおろし、ロゴをはじめとするデザインはデザイナーの柊椋さんにしていただきました。

表紙絵は、傘をふりあげるペンネをローアングルで撮るという、従来のラノベでは見られなかったすばらしいものになっております。
手前にあるエンジニアブーツとカモメの翼をナメるように撮り、奥には電波塔のアンテナも建っているため、奥行き感のある絵です。

じつはラノベの表紙では、こういう奥行き感のある「縦の構図」というものは多くありません。
おそらくロゴデザインを置く関係や、表紙サイズの制約とも関係していると思うのですが、人物が二人ならんでいたりする「横の構図」が多いのです。

しかしれい亜先生は、いろいろと制約のあるなかで、これまでになかった構図を見事に成功しておられます。
アオったカメラアングルのほか、ペンネのふりあげる傘の軌跡や、髪のなびき、めくれるバスクシャツの裾、手前に飛んできているカモメの翼など、さまざまな要素を使って動的なイラストに仕上げています。
帯で隠れていて画像では見えませんが、ペンネの足が接する床もレンズ収差で彎曲してあり、それも動きの表現につながっております。

じつは、ガンガンGAの連載時に使っていたトップイラストがあまりにもすばらしく、当初はこのイラストをそのまま表紙に使わせていただこうと思ったのですが、担当さんのご意見でもう一枚描いていただくことになりました。

その結果、このようなすばらしいイラストを描いていただき、一体どちらのイラストを表紙にしたらよいのだろうという、贅沢な悩みが発生してしまいました。
ラノベ作家としては至福の瞬間ですね。(^^)

さんざん悩んだ結果、初出のイラストということもあり、描きおろしていただいたイラストが表紙ということになりました。
もちろん、連載時にトップにあったカラーイラストも、ちゃんと口絵に収録されております。こっちのイラストもほんとすばらしいんですよ~。
ちなみに、連載時のイラストの季節は物語冒頭の「春」で、今回の表紙イラストの季節は物語クライマックスの「夏」です。
青空の色や雲の形、陽射しの強さの変化などによって、見事に季節のちがいが表現されています。

ほかの口絵もすごいですよ! あんまりいうとネタバレになるからいえないけど、ぜひ店頭でお手にとってご覧になってください。絶対買いたくなりますから。

モノクロイラストも、通常のラノベよりも多い12枚を描いていただきました!(通常は10枚が多い)
作家としても、れい亜先生の一ファンとしても、本当にうれしいです。

いやあ、ラノベ作家やっててよかったです、ほんと。
惚れこんだ才能といっしょにお仕事ができる幸せというものは、言葉では言い尽くせません。

デザイナーの柊椋さんには、ロゴデザイン案を複数だしていただきました。
そのなかでも今回採用されたロゴは、直線的で線の太さに強弱がついており、硬質かつモダンな印象で、デンパトウの世界観にぴったりです。
また、ロゴは赤一色なため、特色で刷っていただきました。(お金がかかるそう)
写真で見るよりも実際にご覧になったほうが、その綺麗さがよく伝わるかと思います。
作者名のとなりにある、携帯のアンテナ表示のようなマークも、とてもデンパトウの世界観に合っていてニヤリとします。
口絵や帯のデザインも、すごく凝った形にしていただきました。

れい亜先生のイラストと柊椋さんのデザインのおかげで、これまでにない新鮮な印象の本に仕上がりました。

そして、帯のコメントです!

大沼監督ぅぅぅぅぅううううううううううう!!

僕のあこがれの方にコメントを書いていただきました!
名作「ef - a tale of memories.」のときから大ファンであります。
以降、大沼監督の手がけられた作品はすべて観させていただいております。

大沼監督は、GA文庫原作の「のうりん」や「落第騎士の英雄譚」の監督もされております。

しかし、両作品とも、僕の担当の佐藤さんとはちがう編集者が担当されているんですよね。
なので、僕の担当さんと大沼監督は面識がありませんでした。
それなのに、SILVER LINK.さんを通じて大沼監督にオファーをかけていただき、コメントをいただけることになりました。

担当さんすげえ!

本当に、この作品にたずさわってくださる人は、すばらしい方々ばかりです。

自分としては、コメントもそうですが、大沼監督に小説を読んでいただけたことがまずうれしかったです。
あこがれの方に作品を読んでいただけるなんて、天にものぼる気持ちであります。
大沼監督に受けていただけることがわかって以来、ずっと初恋の少女のようなふわふわ状態で日々を過ごしておりました。

そして帯では、泡状内言法主副並行会話文という、作中で使っている表現手法を使ってコメントを書いてくださいました。
なるほど、このテクニックってこう使えばよかったのか!

あぁ~、うれしいよぅ~! このよろこびを多くの人に自慢したいよぅ~!

「バキ」の板垣恵介先生が、「劇画村塾」ではじめて小池一夫先生にマンガを褒められたとき、すっかり有頂天になって、「まわりのやつらがみんなバカに見えて、俺が最強だっていう気分になった」というようなことをおっしゃっていましたが、いまの自分はまさにそんな気分であります。

大沼心監督という虎の威を借りて、えらそうな狐になるぞ俺は!


もう最高です! 見本誌が届いたあと、ずっとこの本に頬ずりしてました!
そのあと一晩抱いてねんねしました。(^^)
見本誌は十冊届くので、一冊は僕にさんざん愛撫されることになるのです。

「アキハバラ∧デンパトウ」はGA文庫の公式サイトでは10月15日発売となっておりますが、15日は土曜日なので、14日(金)に発売される可能性が高いかと思います。
Amazonさんのページでは10月14日発売となっております。

自分としても、現在までの最高傑作を書いたつもりです。
作品に関わってくだすった方々のすばらしい仕事ぶりと合わせ、楽しんでいただけたら幸甚です。

ああ~、ほんとにうれしいよ~!(^^)

アキハバラ∧デンパトウ・第12回解説

アキハバラ∧デンパトウ (GA文庫)
藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ


第11回の解説はこちら。

今回が連載更新の最終回となります。
物語のクライマックスなため、内容にはあまりふれないように、表現上のポイントだけを見てみましょう。


――――――――――――――――――――――――――――――
「では、去ねです。」
 スタンガンを首筋に押し当てられ、二人の意識にザアッと白黒の砂嵐が吹く。
 電波の絶えたアナログテレビのような、灰色の混濁。

  ボクらはみんなキている
 灰色の乱層雲が、波打ちながら空をどうどうと流れていく。
 電波塔の屋上――
 嵐が、くる。
――――――――――――――――――――――――――――――

ここでは、空白行を置いて、「類似連鎖法」を使っています。
「電波の絶えたアナログテレビのような、灰色の混濁。」という文で示したイメージを、場面転換のあとに「灰色の乱層雲が、波打ちながら空をどうどうと流れていく。」という文のイメージと重ね合わせています。

映像でいえば、スタンガンを押し当てられた二人の男の意識がテレビの砂嵐のイメージでフェードアウトしていき、そのあと流れゆく灰色の雲のカットがフェードインしてくる、という感じでしょうか。
場面を似たイメージでつなぐことで、ダイナミックな感じを演出しようとしています。


――――――――――――――――――――――――――――――
 ――調子づいた嵐が、世界を渾沌へとかき乱していく。
 現実と空想の境目を、ますますあいまいにする。
 強風によってペンネの傘がパッとひらき、レモンイエローのじゃじゃ馬娘になった。
 風を味方につけた傘は、彼(ペンネ)の手を引っぱって必死に気を引こうとしたが、相手にしてもらえないことを悟ると、乱暴にその手をふり払った。そして泣き叫ぶような風音を連れて屋上を転がっていき、フェンスにすがりついて悔しげに頭を打ちつけた。
「キミが、そうだったんだね。」
 そんな傘のことなど一顧だにせず、ペンネがまっすぐにこちらを見つめてくる。
「な、なにが……?」
 チロはわけがわからず、黒い雨合羽の前を合わせた。
 ――未練がましく頭をフェンスに打ちつけていた傘であったが、風向きが変わったことに気づき、くいっと顎をあげた。――雨はもう小降りになっていた。
 やがて風もやみ、雲間から光がさすだろう。
 傘も、過去をふりはらって未来への一歩を踏みだした。
 新しい風をつかまえて、バレエのように華やかに舞いあがる。
――――――――――――――――――――――――――――――

物語のクライマックス、ペンネによってチロの正体(?)があかされる場面です。
ここでは基本、ペンネとチロが向かい合ってしゃべっているだけなので、そのまま書くだけでは単調になってしまいます。
そこで、ペンネが持っていたレモンイエローの傘が、強風によって吹き飛ばされ、それが屋上を走っていって人間の踊り子のようになる様を描き、物語に動きをつけています。
また、ペンネの台詞をいわせるのをなるべく遅らせて、読者をじらす目的もあります。

小説のよいところの一つは、「引き延ばせる」という点にもある気がします。
映像やマンガなどだと、視覚的に一瞬で理解できるだけに、シーンを引き延ばすのが意外と難しいのだと思います。
いかに無理なく「ため」を作るか、というのは演出家の腕の見せどころでもあります。
一方、小説の場合は一目見て理解することはできませんが、そのぶん「引き延ばし」をおこなうことが比較的容易です。
むろん、意味の薄い文章をだらだら書いていくだけではかえって緊張感が薄れて逆効果になってしまいますが、うまくそれをおこなうことで、映像にも負けないインパクトのあるシーンを表現することができると思います。

上記のシーン、当初は風で飛ばされる傘を、「散歩している犬」に見立てて書いたのですが、犬だとさすがに牧歌的な感じがですぎてこのシーンに合わないと思い、踊り子に変えたのでした。
擬人法で踊り子になった傘が、失恋し、新しい未来へ踏みだして宙を舞う、というイメージは、この物語がさらにつぎのステップへと移ったことを暗示しています。
詩的なイメージを散文にとりこんだ新感覚派的な手法です。


――――――――――――――――――――――――――――――
 チロは三頭身に縮んで茫然とするしかなかった。
(お……俺は……)
(いったい、これからどうすれば……?)
――――――――――――――――――――――――――――――

前にもでてきたかもしれませんが、「三頭身に縮んで~」といういいまわしは、いわゆるマンガでいうところにSDキャラになったイメージです。


……あれ? ネタバレをしないように書くと、どうしても解説することが少なくなってしまいました。
ひとまず、「アキハバラ∧デンパトウ」の一巻分の連載はこれで終了となります。

文庫本は2016年10月14日にGA文庫より発売されますので、ご興味のある方はお近くの書店やネット書店でお求めください。
なお、発売情報などの詳細は、GA文庫公式サイトをチェックしてみてください。

それでは、第1回からの長いおつきあい、どうもありがとうございました。

アキハバラ∧デンパトウ・第10回解説

アキハバラ∧デンパトウ (GA文庫)
藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ


第9回の解説はこちら。

――――――――――――――――――――――――――――――
「これ! この子ね、ボクの変わりにぱくぱくって!」
 店先のオープンディスプレイの場所に置かれている、マネキンを指さした。
 それは高価そうなドレスを着ており、あきらかにふれてはいけないものだったが、昂奮したペンネが土足のままオープンディスプレイにあがりこみ、
「みんなー見ててね? てってー! ふきゅわじゅちゅー!」
 マネキンの頭を抱えこんで、芸をはじめようとする。
「まてまてまて! 怒られる!」
 チロが割って入るまでもなく、すぐにお店の人が「お客様!?」と飛びだしてきた。
 ZOOが泡を食って叫ぶ。
「ああっ、こらこら、サル助! 勝手にそんなことしちゃあ!」
「さ、サル助ってだれですか。」ヌグがびびる。
「まちがえた、それは動物園の悪戯サルで……ペンネちゃん! そんなとこに入ったらだめだよ、怒られちゃうよ!」
「ハッハッハ、ペンネはサルみたいに元気ということサ!」
 番人がウィンクし、カオスな状態を強引に締める。
 パンッと手を叩き、カメラにでもいうように、
「ハイッ、ここでトイレ休憩いってみようかナ!」
             ∽∵∨―∧
            \トイレ/

  空気嫁
 結局、今回もペンネの腹話術は披露されなかった。
 高級レディース店を追いだされた五人は、フロアを変えて、ふたたびお店を探した。
――――――――――――――――――――――――――――――

以前にもありましたが、今回も唐突にペンネが腹話術をやろうとしています。
まわりが混乱している場面ですが、結局最後は番人が強引に締めます。
バラエティ番組の司会者のように、「トイレ休憩」という言葉を使っていますが、これはまさにバラエティのようなノリをだそうとしたためです。

本作ではこのようにメタ的な台詞がときおりでてきますが、使うキャラを限定しないと、世界観を壊すことになりかねません。
「下ネタ」のあつかいもそうなのですが、作者が愉しみすぎて(あるいは楽をしようとして)使いすぎるとよくないですね。
本作の場合、ヒロインのペンネが「異世界からきた」と信じているため、彼女にメタ的な発言をさせると一気に世界観が崩潰してしまいます。
番人や企業戦士のような、「なんでもあり」のキャラにやらせるのが無難です。
こういうときおっさんキャラは助かります(それい甘えすぎてもいけないのですが)

また、そのあとの行で「∽∵∧―∧」の理科標本が、\トイレ/といってます。横書きだとちょっとわかりづらいですが……。

一行空きのあと、結局今回もペンネの腹話術が披露されなかったことが地の文で示されますが、彼女が腹話術を披露するときはくるのでしょうか。作者にもわかりません。


――――――――――――――――――――――――――――――
「なっ、なんつうものをのませるんですか!」
「カカカーッ! 死ねい! ウチに恥をかかせた罰や!」
 ぐるぐると追いかけ合う二人を、残りの面々が呆れ顔で見つめている。
 ――そんな、いつもの平和な電波塔の一ページ。

おゥ、こんなくだらん話はどうだって――

  叔父の事務所で
「――いいんだよ。なぁ、高橋。」
 書き継がれているチロの日記と話をきいて、ヤクザの叔父がいった。
 この事務所を訪れるのは、これで何度目だったろう。チロは思いだせない。
 叔父がタバコに火をつけながら、
「ようするに、連中の弱点はよくわからんっつうことか。」
 チロは脂汗を流しながらうなずいた。
 そうか、と叔父が紫煙をくゆらしながらつぶやいた。

「もう、力づくでやるしかないなァ。」
――――――――――――――――――――――――――――――

ここでは、「音声前後法」という手法を使って、場面転換をしています。
映画などにおける「スプリット編集」を応用したもので、たとえばつぎのカットに映る前に、さきに音声を流すというたぐいのものです。
これを「ずりあげ」というようで、逆にカットが切り替わっても前の音声を流しつづけるのを「ずりさげ」というそうです。声優業界などでは「こぼし」というようですね。

ここでは、さきに叔父の「おゥ、こんなくだらん話はどうだって――」という台詞を流し、そこから場面転換して、「――いいんだよ。なぁ、高橋。」と台詞のつづきをいわせています。

どうしてこのように書いたかというと、一つには「これから物語がシリアスになる」ということを印象づけたかったからです。
これまでは、電波塔の住人たちの馬鹿騒ぎが描かれていましたが、ここからはクライマックスに向けて雰囲気が変わっていきます。
なので、表現の面でも工夫して「スイッチが切り替わった」ことを伝えたいと思ったのです。

コメディ場面の最後に、叔父の台詞を先行して流すことにより、「コメディのなかに割りこんでくる、つぎのシリアスな展開」ということを読者に印象づけたいと思いました。

もう一つの理由として、第6回の「怖い叔父さん」の小見出しのところから、「チロが叔父へ日記などを見せて電波塔のことを説明していく」という体裁になっているためでもあります。
これまでにも、チロが叔父の事務所に行ったということが描写されています。
なので、あらためてここで「チロの説明をきいて、叔父が反応する」ということを印象的に書く必要があったのです。伏線の回収でもあるわけですね。

さて、上記引用文の「叔父の事務所で」の小見出し以降は、叔父の反応がさらりと数行書かれ、最後に「もう、力づくでやるしかないなァ。」という叔父の台詞で、このあとの展開を匂わせる形で終わっています。

ここは非常に難しいところで、このように書くのではなく、数ページ使って叔父たちヤクザの反応をみっちりと書くという手もあると思います。
しかし、それだと物語のテンポが悪くなり、また「シリアス度」が急にあがりすぎてしまいます。
また、そのシーンがおもしろいものになるかというと……ようするに「叔父が怒った」という事実の「説明」でしかないため、どう書いてもおもしろくはならないんですね。

なので、このように音声前後法を使って、短く印象的に「物語が変わる」ということを伝えようと思いました。
コメディからシリアスに変わるときに、どのように書けば読者の違和感を減じられるかというのは、娯楽作家にとって永遠のテーマかもしれません。
映像であれば「音楽」という手段があり、シリアスに移る前に音楽のほうからさきに変えていくというやりかたや、「意味深な風景ショット」を挟んだりして、空気が変わることを予告することができます。

その、「風景ショット」を小説に応用したものが、つぎの場面です。


――――――――――――――――――――――――――――――
  七月の青影
 その季節は群青色のくじら。
 夏が、巨体をうねらせて游泳している。
 街のあちこちに夏の色が溶けこみ、影すらも青みがかっている。
 ゆらゆらと歩道を進む、青い影法師。
 フェンスの網目から投げかけられた幾何学的な青影。
 落ちていた空き缶が拾われ、一瞬だけ地面に点として浮きでて消えた青影。
 描きかけのマンガ原稿を踏みつける、靴底の青影。
 信号機のひさしの下で、赤と競い合う青影。
 高々と舞いあがる白鳩の、羽ばたく翼のつけ根に波打つ青影。
 空に浮かぶ飛行船――そこから電波塔に落ちる大きな影は、青いくじらの形をしている。
「空飛ぶ魚。」
 少女の全身が、くじらの影で青く塗りつぶされていた。
「……みたいだけど、ちがうんだよね、あれ。」
 飛行船を見あげていたペンネはつぶやいた。
 電波塔の屋上――さらに上。
 二百メートルにもおよぶアンテナの一部に、ペンネは腰かけていた。
――――――――――――――――――――――――――――――

最初の「その季節は群青色のくじら。/夏が、巨体をうねらせて游泳している。」は、いうまでもなく第1回の冒頭の「その季節は萌黄色の子犬。/春が、しっぽをふってはしゃいでいる。」を意識したものです。
物語がシリアス調に変わるにあたり、仕切り直しの意味をこめて、もう一度こういう表現を持ってきました。

そのあと、「街のあちこちに夏の色が溶けこみ、影すらも青みがかっている。」という言葉のあとに、実際につぎつぎと「青い影」が描写されていきます。
これは、自分が「共通列挙法」という呼んでいるやりかたです。

ペンネの髪の色が青なことからわかるように、この作品のテーマカラーは「青」です。
「影が青みがかる」という非現実的な情景を連続して強調することで、物語の雰囲気が変わったことを伝えようとしています。
青い影を列挙することによって、不安なイメージ――「自己存在の不安」や「現実のゆらぎ」というものを読者が受けとってくれれば成功なのですが……いかがでしょう。

また、たんに影を列挙するだけでなく、「地面→信号→鳥→飛行船(くじら)」というように、徐々に視線があがっていくようにして、映像的に変化をつけています。
「描きかけのマンガ原稿を踏みつける、靴底の青影。」という表現は、これからヤクザたちがやってくるという「脅威」をメタファーの形で予告しています。


――――――――――――――――――――――――――――――
 風が強く吹きぬけた。
 長髪が後ろへなびき、かたわらの鉄骨に積んであったマンガ原稿がめくれあがった。
「あっ!」
 手をのばすが間に合わず、一枚が後ろへ羽ばたいた。
 それは白くきらめきながら、羽毛のようにひらひらと屋上に舞いおり――
 ――やってきた男の足もとにすべりこんだ。
「…………」
 チロはそれを拾いあげた。
――――――――――――――――――――――――――――――

ペンネの視点から、チロの視点へと移り変わるシーン。
風にあおられて飛んでいく原稿が、視点移行のバトンのような役目を果たしています。

じつはこの視点変更の手法は前々からやってみたいと思っていて、べつの企画で「紙飛行機を飛ばして視点変更」ということをやろうとしたこともありました。
じつは、「ステープリング・テクニクス」などの文演法も、もともとここから発想したのでした。

しかし、あるとき十文字青氏の「薔薇のマリア」を読んでいたら、この視点変更の手法が使われておりました。
以下に、その個所を引用します。


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「せめて、この花を捧げよう。キミの名にも冠されている花だョ」
 男は優雅な動作で一輪の真っ赤な薔薇を投げた。
「――花言葉は愛情、情熱、あるいは、熱烈な恋」
 放物線を描いて、薔薇が落下してゆく。
 ゆっくりと、だが、正確に。
 百万言を費やしても語りつくせぬ熱情をのせて、想い人の足許へと――

 薔薇が落ちた。

「……ん?」
 身をかがめて赤い薔薇を拾い上げた瞬間、ある不吉な予測がマリアローズの脳裏をよぎった。すぐさま頭上を振り仰いだが、建物の窓にも、屋上にも、人影らしきものは見あたらない。

――十文字青「薔薇のマリア〈1〉夢追い女王は永遠に眠れ」(スニーカー文庫)P11・P12――
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物語の冒頭、屋根にのぼった「男」が、地上へ向けて薔薇を投げ、それをヒロインの「マリアローズ」が拾いあげます。
タイトルの「薔薇のマリア」にかけたシーンで、十文字氏らしい、映像的かつ叙情性を感じさせるシーンとなっています。

また、あるとき、学生時代に読んだ中井英夫の「虚無への供物」を読み返していたら、ここでも同じような視点変更の手法が使われておりました。
以下に引用します。


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 従って、舞台といっても、店の片隅を黒い垂幕で仕切っただけだし、床からボーイが差付けている照明は、また、ボール紙で電球をくるんで色ガラスをあてがうというだけのもので、いま、そのハイライトに浮きあがったおキミちゃんは、フォリ・ベルジェールの式に裸、おまけに唇には黄薔薇を一輪、横ぐわえにしているというのも、下町風なサービスのつもりかも知れない。得体の知れぬ風体だが、そのとき照明が、突然真黄色に変えられたのは、やはりサロメらしく、満月の夜をあらわしたのであろう。お花婆あが一膝のり出し、シュトラウスまがいに弾き出すにつれて、おキミちゃんは、身ぶりたっぷりに唇から薔薇をぬきとり、煙草の火が明滅する仄暗い客席へ見当をつけながら、いきなり抛ってよこした。――造花ではないらしい。薄黄の花弁を痛々しく散らして、薔薇は、ちょうど光田亜利夫の足もとに崩れ落ちたのだった。
「あらいやだ、まるで、ここを狙って投げたみたいじゃないの」
 向い合せのシートから、すばやく体を屈めてその薔薇を拾いあげると、奈々村久夫は、ついでに亜利夫の脚を突ついてそう囁いた。

――中井英夫「虚無への供物」(講談社文庫) P12――
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ゲイバーのステージで、美少年の「おキミちゃん」のはなった黄薔薇によって、視点が光田亜利夫に移ります。
薔薇のマリアの記述は少しこれと似ていますが、おそらく偶然でしょう。

視点変更のテクニックですが、しかし前半ではだれの視点なのか、一見したところわかりづらいです。
作中の人物が見ている光景というより、どこかにあるカメラでステージを撮影しているといった感じです。
三人称の文体なのですが、無機的な感じではなく、むしろ感情のこめられた感じがします。これは中井英夫の文体の特徴の一つでしょう。
途中にある「――造花ではないらしい。」という一文も、だれの感想なのか難しいところです。このあとにでてくる「光田亜利夫」の感想ともとれますが、神視点(作者?)の感想ともとれます。

私は18歳ぐらいのときにこの「虚無への供物」を読んでいるので、自分がこういう視点変更をおこないたいと思っていたのは、きっとこの作品の影響でしょう。
自分がわすれているだけで、やはり他者からいろいろな影響を受けているものです。


――――――――――――――――――――――――――――――
 ペンネに手を引かれていく。
 屋上には、管理用の小屋が設置されている。
 その裏手の、フェンスとのあいだのわずかなスペースがちょうど日影になっており、二人は肩をならべてそこに腰をおろした。

(※中略)

 ――太陽が首をかしげ、二人がいる小屋裏を覗きこんだ。
 力強い陽射しが影をぬぐいさり、二人の姿をあけすけに照らしだした。 
――――――――――――――――――――――――――――――

二人を小屋の裏へと移動させたのは、「日影」のなかで会話させることで、これがシリアスな場面であることを示すためです。
(※中略)されている場面では、これまでにない真剣かつ辛辣な言葉が交わされます。
チロが一方的にヒートアップしていきますが、「敵にならなければならない」というポーズと、コンプレックスを刺戟されて本当に苛立ってしまっている気持ちと、それに対する自己嫌悪とがないまぜになっている状態を書くことにつとめました。

「日影に太陽光が射しこむ」という描写は、映像作品ではよく「希望が射しこむメタファー」として使われます。
しかし上記引用文では、「二人の姿をあけすけに照らしだした。」という具合に、隠されていた本音があきらかになることを示すために光を射しこませています。

また、ここで日影に光を入れることにより、今回のクライマックスである以下の描写が可能になります。


――――――――――――――――――――――――――――――
 視界がぶれた。
 かわいた音が間近ではじけた。

 少し遅れて痛みが口内に走ったところでようやく、平手打ちされたことが理解できた。
 ペンネの表情は――白飛びしたように陽を反射して、うかがえない。
「……ばかっ!」
 彼女が身をひるがえした。
 長い髪が踊るようになびき、チロの視界をふさいだ。
「――――」 
 放心したチロの顔に、なびく髪の影が落ちる。
 チロの顔を切り刻むような――無数の青い影が。
 それはほんの一瞬のできごとだったが、チロにはコマ送りのように遅く感じられた。
 ――ふたたび目に青空が帰ってきても、しばらくそのことに気づけなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――

怒ったペンネがチロを叩き、それにつづいて「放心したチロの顔に、なびく髪の影が落ちる。/チロの顔を切り刻むような――無数の青い影が。」という具合に、髪の影によって、さらにチロを攻撃しています。

二人のいる場所がずっと日影だと、この描写ができません。(影にいる人の顔には、新たな影は落ちないため)
いったん光を射しこませることにより、これが可能になりました。

また、「ペンネの表情は――白飛びしたように陽を反射して、うかがえない。」というふうに、強いライティングによって顔が見えないという演出もしています。
当初、ここでは「ペンネの目には涙がたまっている」というふうに書いていたのですが、ペンネのキャラクターをかんがみると、こういうときには泣かないだろうと思い、白飛びさせて顔を隠すことにしました。

第10回の解説は以上です。

第11回の解説はこちら。

アキハバラ∧デンパトウ・第9回解説

アキハバラ∧デンパトウ (GA文庫)
藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ


第8回の解説はこちら。

――――――――――――――――――――――――――――――
  金田ジャンプ! 
 宇宙。
 あらゆる天体をつつみこむ、一四〇億光年の漆黒。
 太陽に引かれて巡る、奇跡の星、地球。
 宏大な海に囲まれた、極東の国、日本。
 その首都に、全高六五〇メートルにおよぶ巨大な建物がある。
《新東京多目的電波塔》――通称、アキハバラ電波塔。
 その最上階のマンション、一〇三号室。
 小さなベッドの上に、摩訶不思議なものが転がっている。
 赤い靴下だ。しかし靴下にしては大きい。子供用の寝袋になっている。
 そこへ入っているのは、トナカイである。
 トナカイの着ぐるみである。
――――――――――――――――――――――――――――――

今回はいきなり、宇宙の描写から入ります。
前回のラストがわりと唐突に終わったので、いったん流れを変えたかったのです。
宇宙→地球→日本→電波塔→一〇三号室→靴下型の寝袋……ときて、最終的にトナカイの着ぐるみ姿のヌグの姿へと収斂します。
映画でいえば、宇宙を映したカットから、どんどん電波塔にズームしていく感じでしょうか。
最終的に、しょぼいものを持ってくると、落差ができてオチがつきます。
こういう手法は、壮大なスケールでやるとうさんくさくなってギャグっぽくなりますが、さりげないスケールでやると、お洒落な感じがでるので便利です。
物語のメリハリをつける上では有効です。

また、ここでは視点がヌグになります。
これまでは、冒頭のペンネの視点を例外として、基本的に視点は主人公のチロ(高橋)でした。
ここでいきなりヌグに視点が変わるので、「前置き」のようなものがないと読者の方が混乱するかもと思ったのです。
いったん宇宙まで視点を引けば、これまでとは視点が変わったということがわかっていただけるかなと。


――――――――――――――――――――――――――――――
 ズガァアン!
 一四〇億光年のかなたから、神の啓示がヌグにふりそそいだ――ような気がした。
「はっ!」
 抱き枕から顔を離し、アシカのように上体を起こす。
「……できる気が、するです。」
 かすかに身ぶるいしながら、なにもない空間をキッと見つめ、
「いまなら、金田ジャンプができる気がするです!」
 バァアアン!
 という銅鑼の音響効果(サウンドエフェクト)が轟いた――ような気がした。
 ぐわっとベッドから立ちあがり、膝に力をためた。
「――説明しよう! です! 金田ジャンプとはなにか!?」
 ギラリ! と、ヌグの瞳から十字の光が解き放たれる。
――――――――――――――――――――――――――――――

このあとの金田ジャンプへとつながる流れ。
「ズガァアン!」などという擬音を地の文でやると非常に恥ずかしいのですが、ここはそういうギャグの流れなのでよしとしました。
昔の劇画マンガやシリアスアニメでよく見られた、「過剰な真剣味」をここではパロディ化しています。なので、思いっきり派手にチープにやるのが正解かなと。
「ギラリ! と、ヌグの瞳から十字の光が解き放たれる。」というのも、まさに金田伊功作画ではおなじみのものです。

以下の引用画像は、今川泰宏監督による「ミスター味っ子」44話から。(絵コンテ=うえだひでひと/演出=西村明樹彦)

味っ子44話・十字の光


味吉陽一の作った焼き魚を、味皇が食べたときのリアクション。
この回はほかにも、金田ポーズ、金田パース、金田エフェクトなど、天才アニメーター金田伊功の特徴が多くでています。
金田作画を知る上で、よい教科書になる気がします。

さて、このあとヌグが金田ジャンプをしようとするのですが、どうして急にこんなことをしようとしたのか、説明はされていません。
寝起きの妙なテンションで、とくに意味もなくへんなことをやりだす、というのがおもしろいのかなと。
ペンネの「腹話術」もそうですが、この作品ではそういうナンセンスなシーンを意識的にやっています。


――――――――――――――――――――――――――――――
(やっぱりペンネちゃんに注目が集まるのはかわいそうだ)(もっとほかの人が……)(つるしあげられてもいいような人とか……)(たとえば)
「あのニート、なにかやらかさないかなぁ……」
             ∽∵∧―∧
「ぶぇっくしょん!」
 ゲーセンで格ゲーをしている企業戦士が、画面に唾をまき散らした。
 いきおいで外れかけた眼鏡を手ばやく直し、ゲームをつづける。
「……ふふっ、こうしてゴキゲンにハイスコアを稼いでいるこの私を、だれかがやっかんでいるようだね。さてはせやねん君か。しかたない、帰ったらさっきゲットしたこのかわいい人形をあげようか……ふぇ、ふあ、ふぁ、っ、」
             ∽∵∧―∧
「ふぇくちっ。」
 大学で講義を受けていたせやねんが、口に手をあててくしゃみした。
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理科標本の記号である「∽∵∧―∧」を挟んで、ザッピングのように視点がころころと変わります。
こういう表現は、マンガや映像などの視覚媒体と比べて、小説では少しやりづらいです。
よくいわれるように、場面転換や視点変更が多いと文が読みづらくなり、感情移入もしづらくなるという弱点があります。
そのため昔から小説では視点が主人公に固定されていることが多いのですが、個人的には、もう少しほかのメディアのように視点を広くとれないかと考えています。
ここでは、くしゃみの動作をバトンタッチすることで「動作跨ぎ法」をおこなっています。
ザッピングのように視点を変えるときは、いかによけいな情報を挟まずに、「視点が変わった」ということを読者に伝えるかが重要だと思います。
「だれに視点が変わったか」という情報よりもさきに、まず「視点が変わりましたよ」ということだけでもさきに伝えたほうが親切です。
「だれの視点か&どんな場所に変わったか」という情報を詳細に伝えようとするあまり、「視点が変わった」という事実を伝えるのが遅くなると、読者が混乱する元となります。ひとまず視点が変わったという事実だけでもはやく伝えるべきです。


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 ヌグがスタンガンのスイッチを入れた。
 青白い炎のような火花を散らせながら、
「ナボコフ先生が眠っている場所に行きたいですか?」
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ナボコフといえば「ロリータ」が有名ですが、「青白い炎」という作品もあります。
それに絡めた、わかる人にしかわからない小ネタでした。
第9回の解説は以上です。

第10回の解説はこちら。

アキハバラ∧デンパトウ・第8回解説

アキハバラ∧デンパトウ (GA文庫)
藍上 陸
れい亜 (イラスト)
SBクリエイティブ


第7回の解説はこちら。

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  銀行にて
 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!デカイ!ナイスバルク!! 番人ダブル・バイセップス!バリバリキレテル!デカイ!ナイスバルク!!
「ハッハッハッハ!」
 二メートルの筋肉が豪快に笑いながら走ってくる。
 その肩には、太いロープがかつがれている。
 ロープのさきにはつぎの場面(シーン)がつながれており、番人の走る動きに合わせてずずずっとその場面(シーン)がやってくる。
 そうして、古い場面(シーン)から新しい場面(シーン)へとワイプして切り替わり、番人は笑い声だけを残してどこかへと走り去っていった。
「……あれ?」
 その新しい場面(シーン)のなかで、チロはふと顔をあげて辺りを見まわした。
「いま、番人さんが走っていったような……っていうか、ここどこ?」 
「どしたの?」
 となりにすわったペンネが、上体を曲げて顔をのぞきこんできた。
「ペンネちゃん……ここってどこだっけ?」
「うりゅ? ぎんこーだよ?」
「銀行? ああ、そうだ、銀行にきたんだった。」
 電波塔のなかには、複数の銀行の支店が入っている。
 きょうはペンネが生活費をおろすというので、いっしょにやってきたのだった。
 どこか厳粛な雰囲気のただようロビーには、ほかの客たちが静かに順番まちしている。
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前回は番人とペンネが駈け去っていくシーンで終わりましたが、今回もいきなり番人が登場します。
肩にロープをかついで、つぎのシーンを引っぱってくるという、トンデモナイことをしています。
映像におけるワイプのようなことを、文章でおこなっているわけです。
ワイプ法」とぃう項目を作ったので、そちらをご覧ください。

このシーンでは銀行が舞台ですが、これも電波塔のなかに入っているという設定です。
「アキハバラ∧デンパトウ」のタイトルの通り、なるべく電波塔のなかで物語を進めるのがコンセプトですので。
また、マンガ家であるペンネの経済事情や金銭感覚にもちょっとふれておきたいという意図もありました。


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  女子力を高める
「イッちゃうっ! ああん、イッちゃうよ~~~~っ! って叫びよってんで? 銀行で! なにごとやと思ったわマジで。」
 夜、一〇一号室、ペンネの部屋。
 ソファで缶チューハイをのみながら、せやねんが昼間起きたことを笑い話にしていた。
 リビングにはほかに、ペンネとチロ、そして渋面のヌグがいる。
「いやぁ、まさか二人がいきなりおっぱじめるとはなぁ。お姉さんびっくりや! AVの企画として通りそうやん! タイトルは『真昼の銀行強○(ピー)』や!」
「おっぱじめてませんから! いったでしょ、おばあさんに席を譲ろうとしただけって!」
「おばあさんまで相乗りか! ストライクゾーン広い男優やで!」
「あんた最低だな!」
「○(ピー)のなかは『とう』じゃなくて『かん』のほうやから、よろしく!」
「伏せ字の意味ないだろ!」
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ペンネの部屋に移動して、さっそく下ネタ。この前の銀行のシーンのラストも下ネタでした。
いやぁ、下品ですね(^^)
この藍上陸という作家は、ギャグといったら下ネタしか浮かばないのでしょうか。(他人事)

これでもいちおう、この作品では下ネタがあまりきつくならないように注意しているつもりなんですが。
下ネタをいわせるキャラを限定して、女性のせやねんだけにするようにしています。男がいうと引くので。
ただ企業戦士だけは、このあとのシーンにあるように変態的なことをたまにしたりしますが。

下ネタが生々しくなると読者が引いてしまうのでは――という危惧から、いっそつきぬけたほうがギャグとして笑ってもらえるだろうと思って、いつも激しくなってしまいます……。
せやねんが割りを食ってしまうので、どこかでかわいいシーンを入れて救済しないといけません。


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 ヌグが顔をあげ、カッと目を見ひらいた。
 マンガのような集中線が彼女の碧眼に集まる。
「女子力が足りません!」
 叫びながら、雑誌をペンネの膝元に投げつけた。
 女性ファッション誌である。
 表紙には飴細工のようなフォントで「ゆるふわ女子力コーデ」と書かれてあり、いかにも女子力の高そうなモデルが立っていた。
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第3回で、「ヌグが、リミテッドアニメのようなパカパカした身ぶりで否定した。」という表現がでてきましたが、今回も「マンガのような集中線が彼女の碧眼に集まる。」という、マンガ的な表現がでてきます。
ヌグのオタクっぽさをあらわしています。マンガというより、70年代から80年代によく作られた、劇画調のアニメの表現という感じでしょうか。

引用文最後の、「飴細工のようなフォント」というのは、以前に開高健全集のなかのエッセイを読んでいるとき、「拳骨のような活字」という表現を見つけ、それに触発されたものです。
開高健は大岡昇平や三島由紀夫、そして村上春樹氏などとともに、戦後文学のなかでもっとも比喩(をはじめとするレトリック)に意欲的な作家の一人だと思います。
うまい比喩というものは、使いどころがよく、言葉が意外なほうへ飛躍しながらも、急所に手が届くような的確さがあります。
自分ももっとうまくなりたいものです。


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 そのときふいに、リビングを震わせるほどの大音声が轟いた。
「つまり、女子力を高めるしかないのであーる!」
 渋い男の声だ。
「この声は、企業戦士さん……!?」
 声のするほうへふり返る。
 そこにはたしかに企業戦士がいた。
 ピンクのセーラー服をまとい、すね毛もろだしの五十代ニートの姿があった。
「私が女子力の高めかたを教えてあげるのであーる!」
 腕を組み、威風堂々と仁王立ちしている。
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ここからが企業戦士の変態的なシーン。
企業戦士が唐突にあらわれますが、テンポを崩さずに登場のインパクトを強める方法として、「そこにはたしかに企業戦士がいた。/ピンクのセーラー服をまとい、すね毛もろだしの五十代ニートの姿があった。」というふうに、情報を付加しながらくり返すように書いています。

こういう場合の注意点として、どうしても変態的な服装を細かく描写したくなるのですが、それではテンポが落ちるおそれがあります。
あくまでもギャグとして笑わせるのが目的であれば、思いきって「ピンクのセーラー服」というインパクトに頼り、ほかの描写は最小限にして進めたほうが、おもしろくなりやすいと思います。


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 せやねんも真顔で、
「お前、もうニートとかいうレベルちゃうで? 犯罪やで? 事件は会議室で起きてるんやなくて、まさにいまここで起きてるんやで?」
 しかし仁王立ちのセーラー服はいっさい動じない。お仕置きされるのは自分ではなく他人、それも月に代わってお仕置きするものだといわんばかりの正義顔である。
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本作ではあまりパロディをやりすぎないようにしているのですが、ここでは思いっきりやってしまっています。
ヌグやせやねんなどはオタクなので、台詞のなかでついついパロディ的な台詞がでてしまうのは自然だと思うのですが、地の文でパロディをやりすぎるとうざったくなるので、自身への戒めとしてとりあげておきます。
せやねんの「事件は会議室で~」というのは、「踊る大捜査線」より。
地の文の、「月に代わってお仕置き」というのは、「セーラームーン」です。
どちらも私の子供のころの作品なんで、最近の若い人たちに通じるのか不安ですが……。


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「きぎょーさんって女の子だったの?」
 無垢な瞳でペンネがきいた。
「女の子とは肉体ではなく精神の問題なのだよ。ところでペンネ君、前から気になっていたのだが私のことを『きぎょーさん』と呼ぶね?」
「うん、だって戦士じゃないもの。」
「ぐふっ!?」
 企業戦士の肩が、がくりと落ちた。
「戦ってない人は戦士じゃないもんね?」
 無垢な瞳でペンネがだめをおす。
「おぐっ!?」
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ペンネの天然サドなところが発揮されるところ。
基本的にペンネはいい子なのですが、毒気がなさすぎるとキャラが平板になってしまいます。
そこでこういう感じに反対の要素もときおり加えるわけです。
前回にあった、「アメリカを倒す!」とかいう剣呑なやりとりもその一つです。
「ミスター味っ子」の料理描写でくり返し使われた、「スイカに塩」理論というやつです。


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「い、いいだろう、見ていたまえ。これが女子力であーるッ!」
 ふり返った。
 セーラー服の五十代ニートがふり返った。
 そして、跳ねた。
 海面をはねるボラのように、白目になって斜めに跳ねた。
「私、ゆるふわ系女子なのおぅ!」
 裏声で叫びながら、胴体からカーペットに落下。
 すぐに立ちあがり、またボラのように跳ねる。
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担当氏にウケた、ボラ跳びのシーン。
「ふり返った。/セーラー服の五十代ニートがふり返った。」というくり返す書き方は、ダブルアクションっぽく書いています。
ただ、軽く書いているので、レトリックの反復法の範疇かもしれません。
ここはテンポよく進めなければならないので、あまりくどく書くと逆効果になります。

このあと、ボラ跳びした企業戦士によるひどい台詞がどんどんでてきますが、それはぜひ本篇でご確認ください。(^^)
第8回の解説は以上です。

第9回の解説はこちら。
書いてる人

藍上 陸(らんじょうりく)

藍上 陸(らんじょうりく)
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小説書いてます。

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